仙台高等裁判所 昭和34年(ナ)2号 判決 1960年2月29日
原告 森直太郎
被告 山形県選挙管理委員会
主文
一、被告山形県選挙管理委員会が、昭和三四年四月四日付でなした、
「昭和三四年一月二六日付をもつて村山市選挙管理委員会が、訴願人仁藤隆次及び訴願人浦木作蔵の各異議申立に対してなした決定を取消す。
昭和三三年一一月二八日執行の村山市長選挙を無効とする。」
との裁決は、これを取消す。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおりである。
第一、原告の主張(請求の原因)
一、(本件選挙に関する異議訴願の経過)
原告は昭和三三年一一月二八日執行された村山市長選挙に際し、選挙権を有する選挙人であるが、右市長選挙の結果、伊藤興道候補が一〇、五三二票、伊藤芳夫候補が一〇、五一三票の得票で、伊藤興道候補は一九票の差をもつて当選して、現に村山市長の職にある。
そこで、昭和三三年一二月八日選挙人仁藤隆次から、また同月一一日選挙人浦木作蔵から、それぞれ村山市選挙管理委員会(以下市委員会という)に対し、選挙無効の異議申立があつたところ、市委員会は異議申立人の主張する事実関係を調査した結果、なんら無効の理由なしとして、昭和三四年一月二六日付で、右両名の異議申立を棄却する旨の決定をした。
ついで、前記両者は右決定を不服として、仁藤隆次は同年二月九日、浦木作蔵は同月一二日それぞれ被告山形県選挙管理委員会(以下被告委員会という)に訴願したところ、被告委員会は同年四月四日付で、主文掲記の裁決をなした。
二、(被告委員会が選挙を無効なりと裁判した理由の要約)
被告委員会が本件選挙を無効なりと裁決した理由は、これを要約すると次のとおりである。
(一) (修正得票数)
伊藤興道候補と伊藤芳夫候補の得票は、市委員会決定によれば、伊藤興道一〇、五三二票、伊藤芳夫一〇、五一三票、その差一九票であるが、被告委員会がさらに審査した結果、市委員会決定中有効無効の判定に誤りがあり、これを訂正すればその修正得票数は、伊藤興道一〇、五二六票、伊藤芳夫一〇、五一三票で、その差一三票となり、その他両候補に按分すべき票数一二票あり、これを按分した結果、伊藤興道一〇、五三二・〇〇二票、伊藤芳夫一〇、五一八・九九四票でその差は一三・〇〇八票となる。
(二) (補充選挙人名簿調製の違法)
本件選挙につき昭和三三年五月一九日確定の補充選挙人名簿は、市委員会がこれを調製したものではない。すなわち、右補充選挙人名簿調製の方法については、その登録申請期間を同月三日から同月九日まで、調製期限を同月一二日、縦覧期間を同月一三日から同月一六日までと定められていたもので、右申請期間後縦覧開始までの間に、市委員会は名簿を調製すべきところ、右の間において市委員会の会議は同月一〇日招集の一回だけ開かれたのであるが、同日の会議において補充選挙人名簿に登録すべき者につき審議した事実を認めることができず、結局前記補充選挙人名簿は市委員会が調製したものではなく、無効の名簿と認められ、同名簿による選挙人の投票一八〇票は無効である。
(三) (代理投票補助者選任の違法)
また、第二投票所においては、あらかじめ代理投票補助者として予定していた二名のうち、高橋英男が欠席したため、投票開始前同人にかえて荒井スイを、今野登恵とともに補助者に選任すべき旨を庶務係穐田義雄が投票管理者にはかつたところ、右管理者が投票立会人の意見を求めることなくただちにこれを決定した事実があり、したがつて同投票所において行われた代理投票四九票は適法の補助者のないものというべく、選挙の公正を著しく阻害する虞があり、その投票は無効である。
(四) (選挙人小玉みよのの補充選挙人名簿登録申請の違法)
さらに、補充選挙人名簿の調製は、公職選挙法(以下法という)第二六条第一項の規定により申請に基いて行うべきもので、その申請は必ずしも本人が自ら、またはその家族もしくは委任を受けた者がこれを行わなければならないものではなく、第三者が申請することも差支えないものであるが、職権により選挙管理委員会が調製することはできないものであるところ、選挙人小玉みよのにかかる申請は、市委員会書記白川智定のなしたもので、同人が申請するにつき本人または第三者の依頼をうけたことは認められず、右白川智定が小玉みよののため私人として申請すべき特段の事情も認められないので、形式上第三者の申請と認められるものであるが、実質的には職権により調製したものと認められ、右小玉みよのの登録は違法であり、これによつて同人のなした投票は無効である。
(五) (裁決の結論)
このように、右(二)の投票一八〇票、(三)の投票四九票、(四)の投票一票は無効とすべきもので、これらはいずれも選挙の管理執行の任にあたる機関の選挙の規定違反によるものであり、本件選挙のように得票差が一三票にすぎないときは、右により無効とすべき二三〇票の投票のあつたことは、選挙の結果に異動を生ずる虞のあるものであつて選挙を無効とすべきである。
三、(被告委員会裁決には事実誤認に基く違法がある。)
しかしながら、本件選挙にはなんらの選挙の規定違反の事実はなく、被告委員会裁決は事実を誤認して、本件選挙を無効とした瑕疵あるものであり取消を免れない。その理由は以下に述べるとおりである。
(一) (補充選挙人名簿調製に違法はない。)
補充選挙人名簿の調製については、被告委員会裁決にいうような右名簿を無効とすべき瑕疵はない。すなわち、その調製の経過は次のとおりである。
(イ) (補充選挙人名簿登録申請の事務)
補充選挙人名簿の調製に関し、被告委員会は昭和三三年五月一日告示第一一号で、登録申請期間を同月三日から同月九日まで、調製期限を同月一二日、縦覧期間を同月一三日から同月一六日まで、確定期日を同月一九日として施行すべき旨を告示し、市委員会は右告示に基いて事務を進め、同委員会書記奥山春男が中心となり、村山市の各出張所に対し、登録申請は五月九日午後五時で締切り、申請書を一応調査整理してその申請件数を取纒め集計して九日中に市委員会に連絡すること、かつ申請書は連絡員に持参させるなどの方法によつて、五月一〇日午前中になるべく早く市委員会事務局に必着するよう取運ぶべき旨を指示した。そして奥山書記は五月九日午后五時過ぎ各出張所に対し、電話で各区域内における登録申請の受理件数を問合せ、これをメモした上登録申請書は五月一〇日午前中に市委員会まで届けるよう指示した。その結果、出張所主任不在のため不明であつた富本出張所を除く全出張所の受理件数は、五月九日夜に判明していたのである。
そこで、各出張所は前日の奥山書記の指示に基き、五月一〇日朝本庁に出勤する連絡員に登録申請書を託し、各連絡員はこれを持参して出勤登庁したから、富本出張所以外の分は遅くとも五月一〇日午前九時までには、市委員会事務局に届けられた。富本出張所分は前日の連絡不充分のため、午前九時までには届かなかつた。なお届いた申請書は各区域ごとに整理して奥山書記は係りの山口春男に命じて一応記載の内容を調査させ、かつ申請書の枚数が前日奥山書記がメモした件数と合致するか否かを照合させていたのである。
(ロ) (補充選挙人名簿に登録すべき者につき、市委員会における審議の状況)
(1) 昭和三三年における衆議院議員選挙並に最高裁判所裁判官国民審査の投票日は昭和三三年五月二二日と決定されていたので、市委員会はこれに対処するため同月一〇日午前九時一〇分から開催されていたが、右委員会における議案はあらかじめ告示されていた、「議第一一号衆議院議員選挙並に最高裁判所裁判官国民審査における投票管理者の解任について」外四件であり、開会後右議案は順次上程附議され、いずれも原案どおり可決された。
(2) そこで、同委員会委員長斎藤義一は他の委員三名と諮り、その同意を得て追加議案として、「補充選挙人名簿に登録する者の決定についての件」を上程することとし奥山書記に命じて富本出張所から登録申請書を取り寄せさせ、同日午前一一時二〇分頃右登録申請書が到着しここに登録申請書は全部揃つたので、奥山書記は全申請書と申請件数を書いた一覧表(前日電話照会して作成したメモ)を斎藤委員長に提出し、同委員長は追加議案を提出上程した。
そして、斎藤委員長は奥山書記に命じ、右一覧表をガリ版刷りに作成して各委員に配布させ、右委員会は右一覧表及び登録申請書に基いてその内容を審議したが、奥山書記の補足説明をきいた上、斎藤委員長の提案、すなわち基本選挙人名簿に既に登載されていた申請者後藤芳太を欠格者として補充名簿から除き、申請二一四名のうち登録すべき者を二一三名として、直ちに各投票区別補充選挙人名簿を作成したい旨の提案に対し、全委員これに同意した。さらに斎藤委員長は、「本日の審査において誤りはないと思うが、若し五月一二日までの間に、後藤芳太の場合のように基本名簿と重複した者のあることが判明した場合の処置如何。」について提案したところ、全委員は、「調製期間中事務当局で右のような明確な誤りを発見した場合は、委員長にその旨を通知し、委員長がこれを調査して確認した上で補充名簿から削除し、名簿の正確を期せられたい。」旨を申し出たので、委員長はこれを諒承した上、「補充選挙人名簿に登録する者の決定の件」は原案どおり可決されたのである。よつて斎藤委員長は午後〇時三〇分頃委員会を閉会した。
(ハ) (補充選挙人名簿の作成、縦覧及び確定)
右のように、補充選挙人名簿に登録すべき者は、市委員会において審議決定されたので、斎藤委員長は同日午後直ちに事務局をして簿冊の形式をなす補充選挙人名簿を調製させたのであるが、その際事務局において二重登録申請者がさらに三名あることを発見して、これを委員長に報告したので、委員長が調査したところ、基本選挙人名簿に登載されている者で明らかに二重登録申請者であつたから、これを除いて調製させて確認した上、直ちに本庁の掲示板に補充選挙人名簿の縦覧の場所を村山市役所、日時を昭和三三年五月一三日から同月一六日までとする告示をなし、各出張所に対しても電話で出張所の掲示板に、右縦覧の告示をなすべき旨を指示した。
そして、右縦覧期間中前記作成の補充選挙人名簿を村山市役所に備付け、一般の縦覧に供したが、期間内に異議申立をした者がなかつたので、右補充選挙人名簿は五月一九日において確定したのである。よつて斎藤委員長は巻末に所定の記載をさせ、これに記名捺印して五月二〇日市委員会を開催した際、同名簿に二一〇名を登録した旨を報告し、同委員会の諒承を得たのである。
(ニ) (会議録の作成)
会議録の作成については、法令により会議録を作成すべく義務づけられていないので、市委員会は、従来書記が議案書の余白等に、開会、閉会の時刻、出席委員の氏名、委員の発言中重要な事項、議案審議の結果等を記入しておき、これを会議録綴りに綴つておいて後日書記において整理浄書し、次の委員参集の日に全委員の署名を貰うのを通例としていた。
それで、補充名簿に関する右追加議案以外の議案第一一号外四件については、当初から議案文書として作成されていたため、市委員会の会議録綴に綴り込まれていたので、深く考えずにこの分だけを後日整理浄書して、五月二〇日選挙事務打合せのため全委員参集した際、これに署名を貰つたのである。
その後衆議院議員選挙が終了し、関係書類を整理している際、前記一覧表を選挙関係書類綴のなかに発見し、疑問に思つて市委員会の会議録綴を調べたところ、一覧表が綴り込まれていなかつたために、追加議案の「補充選挙人名簿に登録すべき者の決定の件」については、五月一〇日の市委員会の会議録に記載洩れとなつていることを発見したのである。
よつて奥山書記は、当時補充選挙人名簿についてなんら問題になつていなかつたので、この分だけ取り落ちになつているという軽い気持で、同書記が五月一〇日の委員会で追加議案として説明した自分のメモによつて整理浄書して、「補充選挙人名簿の登録者の決定」という書類を作成し、五月二六日選挙管理協議会に全委員が参集した際、右の事情を説明し、右書類の末尾に日付を五月一〇日として委員長始め全委員の署名を貰つたのである。
(二) (第二投票所における代理投票補助者の選任に違法はない。)
第二投票所における投票管理者は青沼孫助で、投票立会人は堀井三蔵、内田東二郎、水野つやの三名であつた。右青沼孫助は、昭和三三年一一月二八日投票開始前に、代理投票補助者として高橋英男、今野登恵の両名を選任する予定であることを、口頭または村山市長選挙投票管理者立会人事務従事者名簿を示して、立会人らの意見をきいたが、異議なかつたので右両者を補助者に選任したのであるが、投票開始前高橋英男は差支えのため出席できない旨の連絡があつた。そこで庶務係穐田義雄が、自席から高橋英男が差支えのため出席できないから、同人にかわるべき者として荒井スイを補助者として選任してはどうかと発言したところ、立会人らはこれに対し別段異議がなかつたので、青沼孫助は、「いい。」と返事したが、穐田義雄の発言内容中充分に聴き取れないところもあつたので、自ら同人の席に行つて同人の発言を確め、自席に戻つて荒井スイを補助者に選任することについて立会人らの意見を求めたところ、異議がなかつたので今野登恵及び荒井スイに対しお願いするといつてその承諾を得て、右両名を代理投票補助者に選任した。右荒井スイを補助者に選任するにつき、立会人三名が同意していたことは、同人らが積極的に同意する旨の発言はしなかつたが、その際なんらの異議をも申述べなかつたことばかりでなく、投票開始後四九名につき代理投票が行われ、その間荒井スイが今野登恵とともに右立会人三名の面前において投票補助者として行動したことにつき、なんらの異議または反対の申出のなかつたことによつても明らかである。したがつて、投票管理者青沼孫助が、立会人らの意見をきかないで荒井スイを代理投票補助者に選任したというのはあたらない。右選任行為には、被告委員会裁決にいうような瑕疵はない。
(三) (選挙人小玉みよのの補充選挙人名簿登録申請に違法はない。)
被告委員会裁決は、選挙人小玉みよのが補充選挙人名簿に登録されたのは、実質的には職権により調製されたもので違法であると認定したが、右は明らかに誤りである。すなわち、部落代表者の外塚十兵エが小玉みよののため登録申請をしようとしたが、たまたま印鑑を所持していなかつたため、大久保出張所主任白川智定に対し、同人にかわつて小玉みよののため登録申請をすることを依頼したので、右白川智定が職員としてでなく、一般選挙人として登録申請をしたものであり、形式的にはもちろん実質的にも職権による調製ではないから、その登録になんら瑕疵はない。
かりにそれが職権調製による違法なものであるとしてもそのため補充選挙人名簿全体が無効となるのではなく、小玉みよのの補充選挙人名簿のみが無効となるにすぎないのであり、これに基いてなした小玉みよのの投票を潜在的無効投票として処理すれば足るのであつて、選挙無効の原因となるものではない。
四、(むすび)
以上のように、本件選挙については、なんらの選挙の規定違反の事実はなく、被告委員会裁決は明らかに事実の誤認に基き、本件選挙を無効としたものであり取消を免れない。
第二、被告の主張(答弁及び主張)
一、(原告の主張に対する答弁)
原告の主張第一の一中、原告が昭和三三年一一月二八日執行された村山市長選挙に際し、選挙権を有する選挙人であることは知らないが、その余の事実は認める。また同じく第一の二の事実、第一の三、(一)(イ)中被告委員会が告示をなし、市委員会がこれに基いて事務を進めた事実、及び第一の三、(一)(ロ)の(1)の事実はいずれもこれを認める。
二、(被告委員会が本件選挙を無効とする理由)
本件選挙については、被告委員会がその裁決において判断するように、選挙の規定違反の事実があり、選挙の結果に異動を及ぼす虞があるから、これを無効とすべきものであり、したがつてこれを無効とした被告委員会の裁決にはなんらの瑕疵はない。被告委員会が本件選挙を無効とする理由は、以下に述べるとおりである。
(一) (補充選挙人名簿調製に選挙を無効とすべき違法がある。)
補充選挙人名簿の調製については、市委員会は次の点において選挙の規定に違反し、同名簿による選挙人の投票一八〇票は無効とすべきものである。
(イ) (補充選挙人名簿の調製につき委員会を開催していない。)
補充選挙人名簿は市委員会を開催せずに調製されたものである。
原告の主張によれば、市委員会は昭和三三年五月一〇日の委員会において、予定外の議案として同日午前一一時二〇分頃から午後〇時三〇分頃までの間に、「補充選挙人名簿の登録者の決定についての件」を追加審議したというが、右の事実はない。これは次の事情によつても明らかである。
(1) まず、市委員会は従来その審議にかかる会議録については、きわめて正確かつ丁寧に作成しており、五月一〇日の会議録についても、本件追加議案以外の議案に関する会議録は、正確かつ完全に作成しているにかかわらず、右追加議案は市委員会の会議録を調査しても、その会議録で発見できないのである。普通地方公共団体の執行機関である選挙管理委員会においては、その審議にかかる会議次第を明確に記録保存すべきもので、これに記録のないものは委員会において附議されなかつたものと推定すべきである。
(2) つぎに、市委員会の衆議院議員選挙関係書類綴のなかには、「補充選挙人名簿の登録者の決定」及び「補充選挙人名簿に登録する者の調」と各題する二文書が綴られてあるけれども、右文書は訴願の提起によつて問題を指摘された委員会が、五月一〇日の委員会において現実に審議されなかつたにもかかわらず、あたかも審議したかのように偽装するため、訴願提起後に作成したものと認められるのである。なぜなら、訴願人仁藤隆次、同浦木作蔵が、市委員会において五月一〇日の会議録の公開を求めて閲読したところ、同会議録には、「補充選挙人名簿の登録者の決定の件」は全く発見できなかつた。それで右仁藤隆次及び浦木作蔵は、補充選挙人名簿は市委員会において適法に決定されたものとは認めがたいとして、仁藤隆次は昭和三四年二月九日、浦木作蔵は同月一二日被告委員会に対し、それぞれ訴願を提起したのである。その後市委員会は、被告委員会の調査に際して右「補充選挙人名簿決定」に関する部分の会議録は、元来市委員会会議録綴に綴りおくべきところ、うつかり衆議院議員選挙関係書類綴のなかに綴り違えてあつたとして、唐突に関係書類を提出して来たのである。しかしながら原告主張のように、昭和三三年五月二〇日以後同月二六日までの間に、五月一〇日の会議録に補充選挙人名簿の登録決定に関する事項が記載もれになつていることを関係書類を整理して発見したとすれば、経験ある奥山書記としてはなんら苦慮することなく、議事録作成の慣例により追加議案会議録として、その体裁を備えた文書を作成できた筈である。しかるに、五月二六日に奥山書記が作成したと称する「補充選挙人名簿の登録者の決定」と題する書面は、きわめて杜撰なものであるうえに、当時右書類を作成したとすれば、当然五月一〇日の会議録に附随させ綴直しておくのが常識であるのに、これをあえてせず、「補充選挙人名簿に登録する者の調」と題する書面にも、ことさらに「5月10日」と加筆してそのまま衆議院議員選挙関係書類綴に綴つておいたということは、この綴直しができない状態にあつたことを物語るもので、右五月二六日当時に作成されたものでないことを推認するに充分である。
(ロ) (補充選挙人名簿の調製につき委員会を開催したとしても、その審議は違法である。)仮りに原告主張のように、補充選挙人名簿の調製につき市委員会の審議があつたとしても、その審議の内容が違法でその会議は無効であるから、会議がなかつたと同一結果になる。
(1) (名簿の調整を委員会書記に一任した違法)
まず、原告の主張によれば、市委員会は五月一〇日の予定外の議案として午前一一時二〇分頃から、「補充選挙人名簿の登録者の決定についての件」を追加審議したが、審議には選挙人からの登録申請書と奥山書記のメモが資料として提出され、審議途中斎藤委員長の命により奥山書記が各投票区別の申請人員数、登録人員数一覧表をガリ版刷りに作成し、審議資料に追加されたというのである。
しかしながら、法第二六条第一項に規定する、「市町村の選挙管理委員会は……補充選挙人名簿を調製しなければならない。」の意義は、合議制執行機関である委員会が調製事務処理の方針、要領等を議決し、これに基いて事務当局が作成にあたり、最後に調整した名簿の原案(複写式の簿冊の形式をなす名簿で、公職選挙法施行規則第一条に規定する別記第一号様式に準ずるもの)を委員会の議決により、正式に補充選挙人名簿として確認決定しなければならないということである。
しかるに、市委員会はたんに選挙人からの登録申請書、奥山書記のメモ、及び申請人員数、登録人員数一覧表のみで形式的に審議し、資格の有無を審理したのみであつて、複写式の簿冊の形式をなす補充選挙人名簿を作成し委員会の審議に附し、補充選挙人名簿として確認決定していないことは明白である。複写式の簿冊の形式をなす補充選挙人名簿は、市委員会の終了後に奥山書記ら事務局職員数名がそれぞれ手別けして同日午後四時頃作成したもので、市委員会はその後右複写式の簿冊の形式をなした名簿を審議決定することなく、そのまま五月一三日から同月一六日まで縦覧に供し、同月一九日確定したのである。
以上のように、市委員会は法第二六条第一項の規定にしたがつて補充選挙人名簿を調製していないのであり、実質的には市委員会の委員が補充選挙人名簿の調製及び確定を同委員会の書記に一任し、名簿の調製及び確定を審議すべき委員会を開いたことなく、ただ書記により作成された名簿の巻末に、市委員会の委員長が所定の押印をしたにすぎない。よつて右名簿は調製権限を有する市委員会の調製にかかるものとはいいがたく、無効のものと解せざるを得ない。
(2) (名簿の調整を委員会委員長に一任した違法)
かりに、原告主張のような方法で、市委員会が補充選挙人名簿の調製に関する審議をしたとしても、調製期間中補充選挙人名簿から欠格者を除去し、名簿の正確を期するというような重要な審議事項につき、合議体である市委員会が委員長に一任するということは許されず、必ず定数の委員が出席して合議によつて審議確定すべきことである。もしかかる審議方法を許すときは公正であるべき委員会の事務の執行に暗い影をのこし、きわめて危険なことである。したがつて五月一〇日に開催されたと称する補充選挙人名簿調整に関する審議は、法令に違反する無効のもので、結局決議がなかつたことに帰着し、右名簿は無効のものといわなければならない。
(二) (第二投票所における代理投票補助者の選任には選挙を無効とすべき違法がある。)
第二投票所における投票管理者は青沼孫助で、投票立会人は堀井三蔵、内田東二郎、水野つやの三名であつたが、同投票所においてあらかじめ代理投票の補助者として予定していた高橋英男が欠席したため、これにかえて荒井スイを今野登恵とともに代理投票の補助者として選任するについて、庶務係穐田義雄が投票管理者青沼孫助に諮つたところ、青沼孫助は投票立会人の前記三名の意見をきくことなく、ただちにこれを決定したのである。
かりに原告主張のような方法で穐田義雄が代理投票の補助者選任について発言したとしても、これは選挙事務従事者である穐田義雄が投票管理者の青沼孫助に対し、荒井スイを補助者としなければならない事故が起きたことの報告と意見を述べたにすぎず、したがつてこのこと自体が投票立会人に対する補助者選任について意見を求めたことにはならず、いわんや投票管理者の青沼孫助が右穐田義雄の発言に対し、ただちに、「それでよい。」と即答したのであるから、投票立会人としては意見をさしはさむ余地は少しもないのである。原告は、荒井スイを補助者に選任するにつき投票立会人らが同意したことは、投票の開始後荒井スイが今野登恵とともに、右立会人三名の面前で代理投票補助者として行動したのに対し、投票立会人はなんらの異議を述べなかつたことによつても明らかであると主張するが、原告主張のような選任方法では画一的に厳正な形式を尊重しなければならない代理投票においては、客観的にみて選挙の公正が確実に維持されたと認めることはできない。
要するに、第二投票所における代理投票の補助者の選任決定は、法第四八条第二項の規定に反するもので、同投票所における代理投票四九票は無効とすべきものである。
(三) (選挙人小玉みよのの補充選挙人名簿登録申請につき選挙を無効とすべき違法がある。)
選挙人小玉みよのが補充選挙人名簿に登録されたのは、大久保出張所主任白川智定が選挙事務従事者という職務上の制約から、第三者として小玉みよのの登録申請をなし得ない立場にあるのにかかわらず、白川智定自身が第三者として小玉みよのの登録申請をなし、かつ自ら受理したことによるもので、実質的には職権調製により登録された違法なものである。(被告委員会の調査によれば、小玉みよのの登録申請につき、白川智定は小玉周太郎から登録申請の依頼を受けたと証言しているにかかわらず、小玉周太郎は右事実を全く否定している。)結局小玉みよのの補充選挙人名簿の登録には選挙の規定の違反があり、したがつてこれによつてなした投票は無効とすべきものである。
三、(むすび)
以上のように、本件選挙には選挙の規定に違反した事実があり、かつこれによる投票が前記二の(一)につき一八〇票、同じく(二)につき四九票、同じく(三)につき一票合計二三〇票あるわけであるから、当選者の得票数と落選者のそれとが一三票の差にすぎない本件において、右は法第二〇五条にいわゆる選挙の結果に異動を及ぼす虞ある場合に該当し、本件選挙は無効のものとするほかなく、結局被告委員会裁決は相当である。
第三、証拠関係<省略>
理由
前記事実らん第一の一(本件選挙に関する異議訴願の経過)のうち、「原告が昭和三三年一一月二八日執行された村山市長選挙に際し、選挙権を有する選挙人である。」ことは成立に争がない甲第一号証によつてこれを認め、その余の事実、及び同第一の二(被告委員会が選挙を無効なりと裁決した理由の要約)の事実は、いずれも当事者間に争がない。
原告は、本件選挙にはなんらの選挙の規定違反の事実はなく、被告委員会裁決は事実誤認に基き本件選挙を無効とした瑕疵あるもので、取消を免れない旨を主張し、被告は、本件選挙については、被告委員会がその裁決において判断するように選挙の規定違反の事実があり、選挙の結果に異動を及ぼす虞があるからこれを無効とすべきものであつて、結局被告委員会裁決は相当である旨主張する。当裁判所は結論において本件選挙には被告主張のようなこれを無効とすべき規定違反の事実は認められないので、被告委員会の裁決は事実誤認に基き本件選挙を無効としたものと判断するが、以下順次争点について個々に検討する。
第一、(補充選挙人名簿調製に違法はない。)
被告は、補充選挙人名簿の調製については市委員会は選挙の規定に違反し、同名簿による選挙人の投票一八〇票は無効とすべきものである旨主張するけれども、右事実は認められないのみならず、かえつて補充選挙人名簿調製について市委員会にはなんらの瑕疵がなく、被告委員会裁決は事実誤認に基くものと考える。
一、(補充選挙人名簿の調製については委員会を開催している)
被告は補充選挙人名簿は市委員会を開催せずに調製されたものである旨主張し、これを推定せしむべき事情として、前記事実らん第二の二、(一)(イ)の(1)(2)のように主張する。しかしながら右の推定は事実上の推定として反証により容易に揺らぐものなるところ、原告提出の後記各証拠は、たんに右推定を動揺せしめるのみならず、かえつてこれを覆えして反対事実、すなわち補充選挙人名簿調製につき、市委員会が開催された事実を認定するに充分である。以下この点につき判断する。
(一)(イ)、まず被告は、前記事実らん第二の二、(一)(イ)の(1)のように主張し、右主張の前提事実は原告の明らかに争わないところである。しかしながら、右事実を前提として右議案が市委員会において審議されなかつたとする推定は、後記のように原告提出の他の証拠によつて覆えされたのみならず、右証拠によれば、「補充選挙人名簿の登録者の決定の件」が追加議案として、昭和三三年五月一〇日の市委員会に上程附議された事実が認められるから、この点に関する被告の主張は採用できない。
(ロ)、つぎに被告は、前記事実らん第二の二、(一)(イ)の(2)のように主張し、右主張事実は被告提出の証人井上芳松、浦木作蔵の各証言及び弁論の全趣旨によつて推認できないこともないのである。しかしながら、被告の右主張事実があればとて、他に反証がない場合は格別、後記のように原告提出の他の証拠によつて、積極的に「補充選挙人名簿の登録者の決定の件」が追加議案として前記の委員会に上程附議された事実が認められる本件の場合、被告の右主張事実を前提として、右議案が審議されなかつた事実を推定することはできないから、この点に関する被告の主張は採用できない。
(二)、かえつて、成立に争のない甲第二号証の一ないし四、第三号証の一ないし三、第四号証の一、二、第五号証の一、二、五、第六号証の一ないし二一五、証人奥山春男の証言により真正に成立したと認める甲第五号証の三、四、公務員の職務上作成にかかる文書として真正に成立したと推定すべき甲第七号証の一ないし一八、及び証人斎藤義一、長峯智道、柴田権七、筧義雄、斎藤喜至男、奥山春男、山口春男、松田正敏、松田慎一、斎藤政太、白川智定の各証言を綜合すれば次の事実が認められる。
(イ)、補充選挙人名簿の調製に関し、被告委員会は昭和三三年五月一日告示第一一号で登録申請期間を同年五月三日から同月九日まで、調製期限を同月一二日、縦覧期間を同月一三日から同月一六日まで、確定期日を同月一九日として施行すべき旨を告示し、市委員会は右告示に基いて事務を進め、(この点は当事者間に争がない。)、同委員会書記奥山春男が中心となり、村山市の各出張所に対し登録申請は五月九日午後五時で締切り、その申請件数を集計して九日中に市委員会に連絡すること、かつ申請書は翌一〇日午前中に市委員会に届けることを指示し、さらに右奥山書記は九日午後五時頃各出張所に対し、電話で各区域内における登録申請の受理件数を問合せ、これをメモした上、登録申請書は五月一〇日午前中に市委員会に届けるよう依頼した。その結果出張所主任不在のため不明であつた富本出張所を除く全出張所の受理件数は、五月九日夜に判明していた。そこで各出張所は前日の奥山書記の指示に基き、五月一〇日朝本庁に出勤する連絡員に登録申請書を託し、各連絡員はこれを持参して出勤登庁したから、富本出張所以外の分は遅くとも五月一〇日午前九時までには市委員会事務局に届いていた。
(ロ)、他方、昭和三三年における衆議院議員選挙並びに最高裁判所裁判官国民審査の投票日は昭和三三年五月二二日と決定されていたので、市委員会はこれに対処するため、同月一〇日午前九時一〇分頃から開催されていたが、右委員会における議案は、あらかじめ告示されていた、「議第一一号衆議院議員選挙並に最高裁判所裁判官国民審査における投票管理者の解任について」外四件であり、開会後右議案は順次上程附議されて、いずれも原案どおり可決された。(この点は当事者間に争がない。)
(ハ) そこで同委員会委員長斎藤義一は他の委員三名にはかり、その同意を得て追加議案として、「補充選挙人名簿に登録する者の決定についての件」を上程することとし、奥山書記に命じて当時未着であつた富本出張所から登録申請書を取り寄せ、同日午前一一時半頃右申請書が到着したので、ここに登録申請書は全部揃つたため、奥山書記は全申請書を、申請件数を書いた一覧表(前日電話照会をして作成したメモ)とともに斎藤委員長に提出し、同委員長は追加議案を提出上程した。そして斎藤委員長は奥山書記に命じ、右一覧表をガリ版刷りに作成した上各委員に配布させ、市委員会は右一覧表及び登録申請書に基いてその内容を審議したが、奥山書記の補足説明により、申請人後藤芳太の申請はすでに基本選挙人名簿に登載されている者の二重登録申請であつたことが判明したため、斎藤委員長の提案、すなわち、「右後藤芳太を欠格者として除き、申請二一四名のうち登録すべき者を二一三名としてただちに各投票区別補充選挙人名簿を作成したい。」旨の提案に対し、全委員これに同意した。さらに斎藤委員長が、「名簿調製期限の五月一二日までの間に、右後藤芳太の場合のような基本名簿と重複して申請した者のあることが判明した場合の処置。」について提案したところ、全委員は、「調製期間中事務当局で右のような明確な誤りを発見した場合は委員長に報告し、委員長が確認した上補充名簿から除く。」ことを斎藤委員長に一任し、斎藤委員長はこれを諒承した上、「補充選挙人名簿に登録する者の決定の件」は審議を終り、斎藤委員長は午後〇時三〇分頃閉会を宣した。
(ニ) よつて斎藤委員長は右閉会にひきつづき同日午後事務局をして簿冊の形式をなす補充選挙人名簿を作成させたのであるが、その際事務局において二重登録申請者がさらに三名あることを発見して、これを委員長に報告したので、斎藤委員長はこれを除くことを指示し、よつて同日午後六時頃名簿の作成は完了し、同月一三日から同日一六日まで右名簿を縦覧に供した。
(三) 以上認定のように、昭和三三年五月一〇日開催の市委員会においては、追加議案として「補充選挙人名簿に登録すべき者の決定の件」が、追加議案として上程附議されたことは明らかである。
二、(補充選挙人名簿に関する委員会の審議の方法に違法はない。)
被告は、かりに補充選挙人名簿の調製につき、市委員会の審議が行われたとしても、その審議の内容が違法でその会議は無効であるから、会議はなかつたと同一結果になると主張し、その違法とする理由につき、二点をあげて主張するのでこの点につき判断する。
(一) (名簿の調製を委員会書記に一任した違法はない。)
まず被告は、前記事実らん第二の二、(一)(ロ)の(1)のように主張する。しかしながら補充選挙人名簿の調製は、被告主張のように合議制執行機関である委員会が調整事務処理の方針、要領等を議決し、これに基いて事務当局が作成にあたり、最後に調製した名簿の原案(複写式の簿冊の形式をなす名簿で、公職選挙法施行規則第一条に規定する別記第一号様式に準ずるもの)を委員会の議決により正式に補充選挙人名簿として確認決定するのが通常の調製の方法であろうけれども、必ずしも常に右の調製経過を辿らなければならないものではなく、本件において市委員会のなした方法、すなわち前示認定のように、選挙人からの登録申請書、委員会書記のメモ、及び申請人員数登録人員数を記載した一覧表に基いて登録すべき者につき調査し、委員会書記の補足的説明に基いて二重登録申請者のような欠格者を除き、補充選挙人名簿に登録すべき者を合議決定した後、委員会事務局職員に命じて簿冊の形式をなす名簿を作成させても必ずしも法第二六条第一項の規定に違反するものということができない。被告のこの点に関する主張は理由がない。
(二) (名簿の調製を委員会委員長に一任した違法はない。)
つぎに被告は、前記事実らん第二の二、(一)(ロ)の(2)のように主張する。しかしながら前認定のように、市委員会は補充選挙人名簿に登録すべき者について調査し、二重登録申請者たる後藤芳太を欠格者として除き、補充選挙人名簿に登録すべき者を合議決定した後、同委員会は名簿調製期限の昭和三三年五月一二日までの間に、事務当局において右後藤芳太の場合のように基本選挙人名簿と重複して申請した明白な誤りを発見した場合、委員長が確認の上補充選挙人名簿に登録しないことを同委員長に一任したことが認められるのであつて、このように委員会の委員長に対する委任が無条件でなく何人がみても容易に判明すべき明白な誤りの除去を委員長に一任したからとてかかる方法の妥当性はともかく、補充選挙人名簿を無効とすべき違法ありとは到底いいがたい。被告のこの点に関する主張は理由がない。
第二、(第二投票所における代理投票補助者の選任に違法はない。)
一、被告は、第二投票所における投票管理者が、代理投票の補助者を決定するにつき投票立会人らの意見を求めることなく決定した違法があり、右は法第四八条第二項に違反するもので、同投票所における代理投票四九票は無効とすべきものである旨主張する。このような代理投票の管理手続の瑕疵が、個々の投票の効力の問題として当選争訟の理由となりうるにとどまるか、あるいはその瑕疵ある投票数が当選者落選者の各得票数の差を超える場合において選挙無効の理由となるものかについては暫らくおき、まず被告の右主張事実の存否について証拠をみることとする。
二、証人青沼孫助、内田東二郎、堀井三蔵、水野つや、穐田義雄、今野登恵、荒井スイの各証言、証人奥村圭介の第一回証言により真正に成立したものと認める乙第四号証の一を綜合すれば次の事実が認められる。すなわち、
(一) 第二投票所においては投票管理者は青沼孫助、投票立会人は内田東二郎、堀井三蔵、水野つやの三名、代理投票の補助者は高橋英男、今野登恵であつたところ、高橋英男は投票開始前事故のため出席できない旨の連絡があつたので、同投票所における庶務係穐田義雄は数間離れた投票管理者席に着席中の青沼孫助に対し、自席から坐つたままで右差支の旨を報告し、高橋英男にかわるべきものとして同投票所に名簿対照係として来ていた荒井スイを補助者として選任してはどうかと尋ねたところ、青沼孫助は「それでよいでしよう。」と答えたこと。
(二) 穐田義雄、青沼孫助の右会話は、右穐田と青沼との間の投票立会人席に着席中の投票立会人の前記三名の面前で行われ、かつ右三名はいずれも会話の内容を聞いて知つていたが、立会人らとしては右荒井スイを代理投票補助者として決定するにつき、内心なんらの異存はなかつたために、意見を表明する発言はしなかつたこと。
(三) 青沼孫助はついで今野登恵と荒井スイに対してお願いしますといい代理投票補助者となることの承諾を求めたところ、同人らはこれを承諾し、荒井スイが青沼孫助及び立会人たる前記三名に向い一礼したところ、立会人らもこれに会釈をかえしたこと。
(四) その後同投票所における代理投票四九票は、荒井スイが今野登恵とともにその補助者の事務を取扱つたが、立会人ら三名は終日これを目撃していてなんらの苦情を述べないのみか、かえつて立会人のなかには代理投票補助者として忙しく働いていた荒井スイに対し、いたわりの言葉をかける者もあつたこと。
以上の事実を認定することができ、証人奥村圭介の証言(第一回)により成立を認める乙第四号証の一ないし三は右認定に抵触するものではなく、その他右認定に反する証拠はない。
三、しかして、法第四八条第二項の規定は、投票管理者が代理投票補助者を選任するにつき、投票立会人の意見をきくこととしているが、右意見聴取の方法についてはなんらの制限はないものであるところ、本件の場合は前示認定のように投票管理者から明白に投票立会人らの意見をきくための発言になかつたのであるが、前記認定の事実によるときは、投票立会人らは荒井スイが補助者として選任されるに際し、穐田義雄、青沼孫助の会話の間において意見を述べる機会はありながら、右選任になんら異存はなかつたために積極的に意見を表明しなかつたのであつて、むしろ暗黙のうちに荒井スイの選任について同意の意見を表明したものと認めるのを相当とする。
四 のみならず、法第四八条第二項に規定する意見の聴取は、党派に偏しない投票立会人の意見をきくことにより、投票管理者の適正妥当な選任の意思決定に資することを目的とするにとどまるものであるところ、(投票管理者は右意見を参考としつつ、自己の意思決定に基き代理投票補助者を選任するものであつて、右意見に拘束されるものではない。)、本件の場合、投票管理者青沼孫助が補助者として荒井スイを選任するにつき、投票立会人らに明確に意見をきかなかつたにせよ、投票立会人らいずれも同意の意見を暗黙に表示していたのであるから、かりに形式的に明確に立会人らの意見を求めたにせよ、結局投票管理者は荒井スイを選任したであろうことは明らかであつて、右選任決定は結局において適正妥当なものであり、法第四八条第二項の規定の要請するところはみたされていたものというべきである。
五 したがつて、被告は、代理投票補助者の選任につき法第四八条第二項の規定違反の事実ありと主張するけれども、右事実は認められないのみならず、かえつて右選任手続にはそのような違法なく、むしろ被告委員会裁決は事実誤認に基くものと考えられるので、この点に関する被告の主張はその余の点を判断するまでもなく理由がない。
第三、(選挙人小玉みよのの補充選挙人名簿登録申請に違法はない。)
被告は、選挙人小玉みよのが補充選挙人名簿に登録されたのは、大久保出張所主任白川智定が、選挙事務従事者という職務上の制約から、第三者として小玉みよのの登録申請をなし得ない立場にあるのにかかわらず、白川智定が第三者として登録申請をなし、かつこれを受理したことによるもので、結局職権調製をした違法なものであり、これによつてなした投票一票は無効であると主張する。被告主張のような手続の瑕疵が選挙管理機関の管理執行上の違法というべきか、あるいはこれによつてなされた投票の効力の問題にとどまるかは暫らくおき、右事実の存否につき証拠をみるに、被告主張のように選挙人小玉みよのの登録が大久保出張所主任白川智定の職権によるものであることは、これを認めるに足る証拠はないのみならず、かえつて証人白川智定、外塚十兵エの各証言によれば、選挙人小玉みよのの登録申請は、同人と同じ部落に住む外塚十兵エが第三者として申請しようとしたところ、同人がたまたま自己の印鑑を所持していなかつたので、右出張所主任白川智定に依頼し、同人が外塚十兵エにかわり第三者として小玉みよのの登録申請をなしたことが認定できるのであるから、この点に関する被告の主張は理由がない。
第四、(附言)
なお、被告は本件の最終弁論期日において乙第五号証(証人今野登恵の供述調書)を提出し、これをもつて、「第二投票所の投票管理者が今野登恵を投票補助者とするにつき選任行為がなかつたことを立証する。」と述べた。右は攻撃防禦の方法として独立の主張をなしたものか、必ずしも明らかでないが、かりにそうであるとしても乙第五号証記載の今野登恵の供述中被告の右主張に副う部分は、証人今野登恵の証言に徴して信用できず、その他右主張事実を認めるに足る証拠はないのみならずかえつて選任行為のあつたこと前示認定のとおりである。
第五、(結論)
以上の次第で、本件選挙には被告主張のようなこれを無効とすべき選挙の規定違反の事実は認められず、結局被告委員会裁決は事実誤認に基き本件選挙を無効とした瑕疵あるもので、取消を免れない。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 村上武 上野正秋 船田三雄)